大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和36年(オ)1226号 判決 1963年6月21日

判   決

青森県十和田市大字三本木字下平二五番地

上告人

十和田観光電鉄株式会社

右代表者代表取締役

杉本行雄

右訴訟代理人弁護士

小山内績

青森県十和田市大字小稲六一番地

被上告人

成田一

右訴訟代理人弁護士

重松蕃

右当事者間の雇用関係存続確認請求事件について、仙台高等裁判所が昭和三六年七月二六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があり、被上告人は上告棄却の判決を求めた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人小山内績の上告理由について。

論旨は、要するに、原判決が被上告人の十和田市議会議員就任が上告人会社の業務遂行を著しく阻害する虞れがあるかどうかについて何等審理判断を加わえることなく、被上告人の懲戒解雇を無効と判断したことは、労働基準法七条の解釈適用を誤まり、審理不尽の違法に陥つたものであるという。

原判決(およびその引用する第一審判決)の確定した事実によれば、被上告人は昭和二九年四月一〇日上告人会社に雇い入られたものであるが、昭和三四年四月三〇日施行の十和田市議会議員選挙に当選し、上告人会社の承認を得ないで、同市議会議員に就任したところ、上告人会社は、右は従業員が会社の承認を得ないで公職に就任したときは懲戒解雇する旨の就業規則(一六条二号、八五条一三号、八四条六号)に該当するとして、同年五月一日付で被上告人を懲戒解雇に附した、というのである。

おもうに、懲戒解雇なるものは、普通解雇なるものは、普通解雇と異なり、譴責、減給、降職、出勤停止等とともに、企業秩序の違反に対し、使用者によつて課せられる一種の制裁罰であると解するのが相当である。ところで、本件就業規則の前記条項は、従業員が単に公職に就任したために懲戒解雇するというのではなくして、使用者の承認を得ないで公職に就任したために懲戒解雇するという規定ではあるが、それは、公職の就任を、会社に対する届出事項とするにとどまらず、使用者の承認にかからしめ、しかもそれに違反した者に対しては制裁罰としての懲戒解雇を課するものである。しかし、労働基準法七条が、特に、労働者に対し労働時間中における公民としての権利の行使および公の職務の執行を保障していることにかんがみるときは、公職の就任を使用者の承認にかからしめ、その承認を得ずして公職に就任した者を懲戒解雇に附する旨の前記条項は、右労働基準法の規定の趣旨に反し、無効のもと解すべきである。従つて、所論のごとく公職に就任することが会社業務の遂行を著しく阻害する虞れのある場合においても、普通解雇に附するは格別、同条項を適用して従業員を懲戒解雇に附することは、許されないものといわなければならない。

されば、本件就業規則の右条項に基づく被上告人の懲戒解雇を無効とした原判決の結論は正当であつて、所論の違法はなく、論旨は、その理由なきに帰し、排斥を免かれない。

よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条八九条に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

裁判官池田克は退官につき評議に関与しない。

最高裁判所第二小法廷

裁判官 奥 野 健 一

裁判官 山 田 作之助

裁判官 草 鹿 浅之介

裁判長裁判官河村大助は退官につき署名押印することができない。

裁判官 奥 野 健 一

上告代理人小山内績の上告理由

一、原判決は第一審と事実の確定並びに法律判断を同じくするとて第一審判決の理由を引用している。

二、第一審判決は左の如く判断している。

「およそ労働者が使用者との雇用契約を無視して他と雇用契約を結び無制限に他の職に就くときは雇用契約に基く誠実な労務の提供が不可能となり、ひいては企業秩序を乱すに至る等使用者の企業経営に種々障害を与えることにもなるから、企業秩序の維持上、使用者は就業規則をもつて労働者の兼職禁止についてなんらかの規制方法を採ることも許されるものといわなければならない。」

しかし労働基準法「第七条は、その一例として選挙権の行使を明文をもつて保障しているが、公職選挙法による被選挙権も、公務員のように、特別の規定ある場合は別として枢要な参政権の一であるから、選挙権と同権、右第七条の公民権に含まれるものと解すべきでありまた当選により就くべき議員たる公職は法令に根拠を有し、右公民権の具体的実現として右第七条に規定する公の職務に該当するものと解すべきである、従つて本件就業規則第一六条第一、二号は労働基準法第七条が使用者に対し労働者から公民権の行使及び公の職務の執行のための必要な時間の請求があつたとき、これが拒絶を禁止することによつて公民権を保障していることすなわち使用者に対する禁止規定たることに着目すれば、あながち無効のものであるということはできないが、使用者は右就業規則の規定にかゝわらず労働者から立候補の承認の要求及び当選による公職就任の承認の要求があれば、これを拒み得ないものと解すべきである」

三、被上告人は第一審に於て労働基準法第七条は憲法によつて国民に保障された参政権を根拠にして定められたものであるとして左の如く主張した。(昭和三十四年八月二十日付準備書面)

「国民または住民の選挙権、被選挙権すなわち参政権は、憲法及び法令によりすべての国民に保障された公権としての権利の中心を為すものである。(憲法一五条、四四条、四七条、公職選挙法九条一〇条、地方自治法一一条、一八条、一九条)労働基準法(第七条)は右の法令をうけて、労働者の公民権の行使を保障し違反に対しては罰則をもつて臨んでいる。

しかして公選による公職の候補者として立候補すること及当選の結果公職に就任することは、被選挙権の当然の内容をなすものであらう」

四、第一審判決及原審が労働基準法第七条制定の根拠を憲法に求め、之に反する就業規則の効力を、憲法違反として、認めないものであるか、どうかは判然としない。

説くところは単に、「公務員のように特別の規定ある場合は別として」としてというのみである。

被上告人の挙げた憲法第一五条は、主権が国民にあることを明にしたものであることは、憲法学説上争のないところである。

之を労働基準法第七条と結びつけて、立候補及公職就任が憲法上保障された権利であると主張するのは、憲法の曲解である。

又公職選挙法第一〇条、第一一条によれば、年令による制限、処刑者に対する制限があり、警察法第四二条、地方教育行政の組織及び運営に関する法律第六条によれば、公安委員及び教育委員について、地方公共団体の議会の議員との兼職が禁ぜられている。

右の如く被選挙権が法令上種々の制限に服していることに鑑みると、(その他にも多数の例がある)憲法によつて保障された基本的人権がないのみでなく、憲法上保障された権利でないと解すべきである。

五、被告人は、本件就業規則第一六条第一、二号を憲法違反であると主張し作ら、(昭和三十五年二月五日付準備書面二の(1)の末段に於て)「只問題となるのは、公務従事の期間が長期にわたる場合の公職者従業員の処置である、労使間の通例としては労働協約又は個々の取極めにより、休職となる場合があるが、現職のまま、公務に従事することも稀ではない」と主張した。

公職就任制限が憲法違反であれば、労働協約又は個々の取極めによつて休職する旨定めても、その定めは、無効であらう。(此の点については尚後に詳述する)

被上告人が労働協約又は個々の取極めによつて公職就任にある種の制限を加え得ることを認めたのは、公職就任が憲法上保障された権利でないことを認めたものである。

六、然らば就業規則による制限は如何。

就業規則は、使用者が労働者の意見を聴いて定めるものであるが、(労働基準法第九〇条)法令違反がある場合は行政官庁は規則の変更を命ずることが出来るものである処、本就業規則は変更を命ぜられた事実がない。

就業規則の本質については種々、議論があるが、判例の大部分は、法規範であるとし(東京地裁昭二五・四・一一決定、その他多数の判例―峯村光郎編、綜合労働判例集三二九頁)学説に於ても法規説が多数説である。(学説判例総覧労働法下、六三五頁以下)

被上告人が労働協約又は個々の取極めによつて休職とすることが出来ると主張したが、之は被選挙権の一種の制限で労働基準法第七条の「公民としての権利の行使」又は「公の職務を執行する」ことの制限の可能を認めたものである。

就業規則は使用者が定めるものであるが、之を労働者に周知徹底せしめ、而して労働者又は組合から何等の異議の申立がなかつた場合、黙示の承認として、之を個々の取極めと同視すべきであらう(石川吉右衛門氏は、労働契約の締結時に懲戒条項が定められていない以上、懲戒ができないと、使用者の懲戒権を否定し乍ら「就業規則を作り、これに懲戒条項があつた場合、労働者が黙つていれば、黙示の承認があつたと看做される場合もあらう」と説いている――東洋経済新報社発行、解雇をめぐる法律問題一七四頁)。

七、第一審に於ける上告会社代表者本人の供述によれば、(調書一四)昭和三十三年九月十九日に就業規則を組合員に周知徹底させ、同年十月上告人に直接就業規則を渡した事実が明で、之に対し、上告人及組合員から何等の異議がなく、之について、団体交渉もなかつたのである。

就業規則が法規範であるとし、而して又法規範でないとしても労働者が之を明示、又は黙示的に承認したとすれば、就業規則による被選挙権の制限は適法であると謂うべきである。

又我国に於ては、多数の事業会社及新聞社が就業規則を以て被選挙権を制限している事実に徴すれば(乙第二号証の三、六、一〇、一四、一七、一九、乙第九、一〇、一一号証)被選挙権の制限は事実たる慣習として認められていると謂うべきである。

事実たる慣習を規定した本件就業規則はこの点に於ても、有効で、之に違反したの故を以てした本件解雇は適法であると謂わなければならない。

原審判決及第一審判決はこの点について、何等の考慮を払つていない。

八、更に進んで、労働基準法第七条が、原審の説くが如く無制限に被選挙権の行使を認めたものであるか、どうかを考察する。

常勤として他人に雇われた以上全力をあげて職務の遂行に専念すべき義務があることは、公務員たると、私企業の労働者であるとに何等の差異がない。

故に労働基準法第七条は、地方公共団体の長及議員、国会議員の選挙権を行使すること、労働委員会の委員、その他の労働関係の委員会の委員、調停委員、検察審査会の委員等として公務に従事することを保障したもので、地方公共団体の議員又はその長、国会議員となる、ここ迄保障したものでないと解すべきである。(昭和二十二年九月十四日発行日本週報――労働省の労働基準法の解説七頁中段)

仮りに地方公共団体又は国会の議員となることを保障したものとしても、その職務の執行が自己の本来の職務の執行と両立しない場合は、之を制限することが出来ると解すべきである。(日本国民は原則としては被選挙権を有していても自己の自由意思によつて取得した身分によつて、之が制限されるのは止むを得ない)

九、原審判決は公務員のように特別の規定がある場合は別として、その外は被選挙権の行使を制限出来ないと判断したのみで公務員について何故に斯る規定があるのか、その理由については何等判示しない。

国家公務員、地方公務員、公共企業体(日本国有鉄道、日本電信電話公社、日本専売公社)の職員に対して、何れも労働基準法第七条が準用又は適用される。(国家公務員法第一次改正法律附則第三条、地方公務員法第五八条第二項、労働基準法第八条第一号第四号第一一号)

然るに、日本国有鉄道法第二六条第二項、日本電信電話公社法第二八条第二項によれば、日本国有鉄道及日本電信電話公社の職員は被選挙権の行使に制限を受けている。

公務員は行政の執行に当り中立を保なければならないから被選挙権の行使を制限する必要があると謂い得るかも知れない。然し日本国有鉄道、日本電信電話公社は公法人であるが、行政官庁でない。故にその職員の被選挙権の行使を制限する理由は中立性保持以外の点に之を求めなければならない。

一〇、労働基準法第七条を解釈して被選挙権の制限は絶対無効であると左の如く説く者がある。

「公民権の行使や、公職の執行に必要な時間である限りそれが如何に長期に亘らうと、使用者は請求に応じてその時間を割愛しなければならないのであるが、これによつて著しく業務に支障を来すような場合に、その労働者を解雇できるか、どうかが問題となる。しかし時間は請求出来るけれども、解雇されるというのでは、本条の目的を達しないから、解雇はもとより、一方的に休職処分にすることも許されないと解すべきである」(日本評論社発行吾妻光俊著、労働基準法二九頁)

この点についての労働省の見解は左の如くである。

「本件は正常な労働関係を前提とした上で労働者の公的活動との調和をはかる趣旨のものであり……右のような場合、(公の職務就業につき必要な時間が著しく長期に亘る場合)の解雇を禁止している、とは考へられず(同旨松岡条解四五頁)解雇しても本条違反は成立せず解雇の効力は別個の観点から判断すべきである」(労働省労働基準局編著、労働基準法上、六八頁)

一一、日本国有鉄道等の公社の職員についても公務員と同様、法律を以て、被選挙権を制限しているのは公務員たると公社職員たる私企業の雇傭者たると何れも、全力をあげて自己の職務に専念すべき義務があることには何等変りなく、その義務の遂行を求めるために、公社職員についても法律を以て被選挙権の行使を制限しているものと解すべきで、私企業にあつては同様の理由で就業規則を以て被選挙権の行使を制限し得るものと解する。

かかる考えの下に労働基準法第七条は第八項に述べた如く、選挙権の行使並に労働者の身分、待遇等に直接に関係ある労働委員会その他労働関係の委員会の委員、国民一般から委員を選任する検察審査会の委員等公務の執行が長期間に亘らないものについて、権利の行使及公務の執行を認めたもので、広く被選挙権の行使を認めたものでないと解する。

一二、広く被選挙権の行使を認めたものであるとすれば、

(イ) 公職の選挙に立候補する者は選挙運動期間中十日乃至二十五日間(公職選挙法第一二九条、第八六条、第三一条、第三二条、第三三条、)自己の業務に従事することなく給与を受けることが出来る。

(ロ) 議会又は委員会開会中議会又は委員会に出席する場合及議員として陳情視察のため出張する場合には、労働者は雇主に要求しその承諾を得なくとも、随時自己の業務を差し措いて出掛けることが出来る。

(ハ) 地方公共団体又は国会の議員となるのみならず会社の従業員の儘、府県知事、市町村長となることも出来、更に、国務大臣、内閣総理大臣となることも出来る。

斯る地位に就いた者は全然労務の提供が出来ないことは明白であるが、この場合に於ても給与を与えなければならない。

(ニ) 以上如何なる場合に於ても、本人の承諾を得ない限り休職にすることは出来ない。(極端な説を採れば本人の承諾があつても、休職処分は無効ということになる)

(ホ) 議員を何期間継続しても、雇主は何等の措置を講ずることが出来ないし、退職の場合はその期間も在職期間に通算し退職金を支給しなければならない。

一三、被選挙権の制限をすることを無効とする説を採るものの内に賃金については原則として請求権を有しない、と解するものもあるが、多数説は労使間の協議に委せられた問題であると解している。(故に協議が調わなければ支給しなければならない)

制限無効論者は前述の如く、休職についても、本人の承諾があれば有効であると解している。この論者の考え方は、ハツキリしないが、選挙権については、本人の承諾があつてもその行使を制限出来ないと解するのであらう。

然らばこの論者は労働基準法第七条には選挙権の如く、奪うことの出来ない(放棄の出来ない)権利と被選挙権の如くその行使の一部を制限し得る権利があるものと解するのであらうがその考え方は明確でなく、又第一二項に於て述べた不合理を如何に解するのか、全く不明である。

一四、労働者が勤務時間中、「今日は午後から議会に出席しなければならない」とか、「明後日は○○委員と出張しなければならない」というて断続的に業務を中断されては、極めて、非能率的であるのみならず使用者は、その労働者が関与する仕事の計画をたてることが出来ないであらう。

又市会議員と雖議会又は委員会開会中の出席のみならず市政の調査、研究、所属政党又は会派の会合、活動のため或は選挙民のための陳情、斡旋のため、日常坐臥活動しなければ議員としての職責を全うすることが出来ないので、(甲第七号証の一、二及第一審証人杉本光雄の証言)会社従業員としての勤務の傍、職責を果すことが出来るものでない。

又仮りに本人の承諾を得て、休職にしたとしても、数年間又は十数年間職場を離れた者は職場に復帰させても満足な労務の提供を期待することが出来ないことは縷説を要しないであらう(さりとて給料を引下げることが出来ないし、却て年令給だけ昇給せしめなければならないであらう)。

一五、故に一歩を譲り労働基準法第七条に被選挙権が含まれるとしても、その行使によつて、労働者の労務提供に支障を来す場合は(中立を標榜する新聞社等では議員として当選すること自体によつて、労務提供に支障を来すことがある)之を制限することが出来ると解さなければならない。

上告人は第一審以来、被上告人が市会議員に就任することによつて満足な労務の提供が出来ないことについて、主張、立証したに拘らず原審及第一審がこの点について何等の判断をしなかつた。

一六、結局、原判決は労働基準法第七条の解釈を誤り、審理不尽の違法を犯したもので、破毀を免れないものと信ずる。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例